161.案内標識【国見町】

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所在 福島県伊達郡国見町
標識コード 101〈市町村〉
撮影 平成24/2012年10月
位置 37.903207, 140.515333
備考 現存せず。

福島県の白看が続くが、お次は101〈市町村〉。
福島県から宮城県に抜ける羽州街道の峠に立っていた。
羽州街道はこの先七ヶ宿を経由し、金山峠を越えて山形県に入る。

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県境なので【福島県】の案内標識も立っているが、残念ながらこちらは白看ではなく、昭和46年改正以降のローマ字併記無しの102-Aタイプに置き換わっていた。
この102-Aも少し前までは至る所で見られたが、最近では置き換えも進み、次第に見られなくなってきている感じがする。

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【福島県】の支柱はクネっと曲がり、【国見町】に寄り添うように見えて微笑ましい。
県と町との信頼関係が窺われる。

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裏から見れば【福島県】102Aも白看かと見まがうような作りと錆び方で、相当に味が出ている。
反対側から走ってくれば、〈都府県〉102と〈市町村〉101の連立かと期待してしまうだろう。

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宮城県側は立派な白石城のイラスト入りのカントリーサインが堂々と立っており、これにより福島県は、東北6県のなかで最大の人口をもつ宮城県との圧倒的な違いを見せつけられた格好となっている。
…かのように見えるが、実は当時既に福島県も県のシンボル入りのカントリーサインを立てており、宮城県に敢然と対抗していたのだった。
と、そのことを書かなければ印象操作は簡単にできてしまいそうだ。

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立派なカントリーサインを立てておきながらも白看を残していた福島県は偉かった。

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160.案内標識【金屋/本宮】

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所在 福島県郡山市
標識コード 103B〈方向・方面及び距離〉
撮影 平成21/2009年5月
位置 37.423072, 140.416609
備考 

158.【船引/川俣】103B159.【二本松/船引】103Bに続けて、同じ日に撮った郡山市の103-B。
国道288号線の逢隈橋は現在架け替えられているが、旧橋の時代は現道と線形が少々異なってり、西詰はほぼ現道と同じだが東詰はその名残が今も旧道敷として残っている。
この白看はその旧道敷に残されている。

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電柱は旧道化後に立てられたのか、白看の存在を完全に無視して図々しくもその目の前に立っている。
そのせいでこの白看を正面から見ることはできない。
そのように完全に無視されているからこそ、いまだに撤去を免れ、生き残っているともいえるが。

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希少な白看に贅沢は言えないが、個人的には103-Bは吊り下げ型が好みであり、二本柱で自立しているものはどういう訳かその趣が一段劣るように思う。
自立式に似合うのは104と感じるのだが、これは全く好みの問題である。

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背面は完全に錆色一色。
この雰囲気は同じ福島県内の136.【白石/新地】103Bに似ている。
残っている白看はどれも錆に覆われているもののだし、さらには同じ103-Bなのであるから似ているのは当然なのだが、その傷みの進行の仕方や、風合いというものが、どうも地域ごとに特性というか共通しているものがあるように思える。
これは感覚的なものであり、僕の先入観も入っていると思うのだが、どうもそういう気がしてならない。

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もう一つ136.【白石/新地】103Bと共通しているのがこの「保証票」。
これは他に011.【蔵王温泉】105でも見られた。
「全国道路標識業協会」については136.【白石/新地】103Bのところに書いたが、「全国」という割にはこの保証票はあまり見かけない。
この白看ブリグにおいても3本目である。
KANTO-ENAMELと共に、旧型標識の背面を見た際には着目したいポイントだ。

ところでこの場所は、2022年に初めてストリートビューが公開されている。
それを見ると、白看の傍の民家と交差点先右側の商店跡はどちらも取り壊されており、商店跡は藪化しているように見え、付近の印象がだいぶ変わっている。
15年の歳月は短いようで長いのだ。

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159.案内標識【二本松/船引】

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所在 福島県二本松市
標識コード 103B〈方向・方面及び距離〉
撮影 平成21/2009年5月
位置 37.600914, 140.578163
備考 移設されたものか。

158.【船引/川俣】103Bに続いて、国道349号旧道沿いからもう1本。
直角型の支柱に吊り下げられた103-Bは、白看の最も典型的で美しい姿だと思う。

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赤の色味もはっきりと残っており、状態はそこまで悪くはない(撮影当時)。
しかし何となくごちゃごちゃした印象の白看である。
その原因は上段の書き換えられた距離表記と、上段と下段で文字の色味と字体が統一されていないことにある。

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よく見れば、上段の距離表記は9kmから16kmに修正され、下段はもとは「三春 15km」とあったものが「船引 22km」に修正されている。
下段の修正が後年のものであるため、「船引 22km」の文字は青色で残り、字体も上段とは雰囲気が異なるものとなったのだろう。
経験上、初期の白看は文字の色が黒に近く、後年のものは青いものが多い印象がある。

さて、この修正は一体なぜ必要だったのか。
今はグーグルマップという大変便利なものがあるため、この白看の立っている場所からそれぞれの距離を測ってみる。

①二本松市役所まで→16.3km 22分
②船引町船引まで→22.5km 31分
③三春町役場まで→25.2km 33分

当然と言えば当然なのだが、①と②の結果から、白看の情報の正確さにまず感心してしまった。
現在と若干ルートが異なっている可能性も含めて、グーグルマップとの誤差0.5km以下というのは素晴らしい。
次に①と③の結果から、上書きされて消された情報である、二本松まで9km、三春まで15kmというのは完全に誤りであることもわかる。
ということは、過去にdark的道部屋さんで指摘されている通り、この白看は本来別の場所に設置されていたものが移設されたもの、と考えるのが妥当なところのようだ。

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逆光気味で見づらいが、背面は「ロ」型。真っ黒に錆び切っている。
この点も典型的だ。
初期に作られ、今まだ残っている老白看。
今後も残っていてほしい。

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158.案内標識【船引/川俣】

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所在 福島県二本松市
標識コード 103B〈方向・方面及び距離〉
撮影 平成21/2009年5月
位置 37.564320, 140.577577
備考

福島県を縦断する国道4号より東の地域、国道118号や国道349号沿いには、かつて白看が多く残されていた。
僕が白看を探すようになった20年前くらいは、少し走れば初めて見る白看を数本は見つけることができたのだが、平成の末期頃から急速に撤去・更新が進み、その数は激減してしまった。

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国道349号と県道303号が交わる交差点が線形改良され、旧道部分にポツンと取り残された白看。
なぜか支柱の先にはスコップが差し込まれ、見方を変えれば、柄の長いスコップに取り付けられた白看とみることもできる。
白看が先か、スコップが先か。
支柱、板面共に錆に覆われ、全体的に茶色に変色しており、真っ先に退色しそうな矢印の赤色のみが辛うじて色味を保っている。

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最新のストリートビューを見てみると、2023年10月時点で支柱は残っているようだが、板面の姿はスコップの先と共に姿を消している。
撤去されるとすれば、支柱ごと撤去されるはずだから、もしかすると板面は今でも支柱の足元に落ちて残っているかもしれない。
ストリートビューを遡れば、2015年9月時点で既に板面は見えないが、スコップの先はまだ残っている。
板面が先に落下するかしたのちに、スコップの先が撤去されてしまったようだ。

スコップの先なんかどうでもよいのだが、この白看はスコップの印象が強いため、スコップの先あってのこの白看だったのだ。

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157.規制標識【最大幅 MAXIMUMWIDTH】

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所在 長野県須坂市
標識コード 317の2〈最大幅〉
撮影 令和4/2022年3月
位置 36.645080, 138.303848
備考 須坂市内の〈最大幅〉5/5本目。

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須坂市内に集中的に残る〈最大幅〉の旧型標識。
本当に一体どういうことなのか、こんなにも貴重な60年くらい前のものと思われる旧型標識が、須坂市市街地に集中して5本も残されている。
153.のところにも書いたように、このような「規制標識」は白看のような「案内標識」とは異なり、その示す情報が古くなることが比較的少ない。
白看のような案内標識は市町村合併やバイパスの整備などにより、表示されている地名や距離、ルートが変わることは多いだろう。
一方、〈最大幅〉ような規制標識は、その道が主要なルートから外れてしまった場合であっても、その道が拡幅されない限りはその示す情報の内容は変わらない。
実際にここまで掲載してきた5本中4本は現在でも情報としては現役であった。

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また、吊り下げ式なども多い案内標識にくらべ、規制標識は比較的低い位置に自立して設置されていることが多いため、劣化による落下等の危険性も少ない。
そのため、設置根拠となる規則が改正されてそのデザインが変わったとしても、役所としてはコストをかけて敢えて撤去する必要がないのだろう。
事実を示している標識が、古いデザインのままだとして非難する者も少ないだろう。

とはいえ、やはりこれだけ集中的に残っていることは貴重であり、嬉しい。

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さて、一連の〈最大幅〉の最後を飾る5本目「2.4M」は5本中もっとも状態が良くきれいだ。
背も低く、可愛い。

ところで、この規制標識317の2〈最大幅〉の制定は昭和37/1962年1月のことであり、その翌年の昭和38年3月には現在に通じる丸型の標識に変更されている。
ということは、これら長方形の〈最大幅〉はわずか1年ほどしか制定されなかったということになる。
すなわちこれら5本の〈最大幅〉は、実は昭和37年から昭和38年の初頭にかけて設置されたものであると推定できるのである。
規則の改正できっちり切り替わったかどうかは疑問ではあるが、設置年代がほぼ特定できる点でも非常に貴重な317の2〈最大幅〉なのだ。

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貴重な旧型標識を一気に5本も見て、もうお腹いっぱいだ。
それにしても「MAXIMUM WIDTH」、なんてカッコいい響きなのだろう。

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