追記 047.案内標識【福島県】/048.案内標識【平/野沢】(再掲)

047.案内標識【福島県】/048.案内標識【平/野沢】(再掲)

白看の淘汰がますます加速しているなか、なぜ鳥井峠の白看はいまだ撤去を免れているのか。
その理由がわかりました。

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047.案内標識【福島県】/048.案内標識【平/野沢】(再掲)

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所在 福島県耶麻郡西会津町
標識コード 102〈都府県〉/104〈方面及び距離〉
撮影 令和2/2020年1月
位置 37.659013,1390576779
備考 2004年、2007年に続き、3度目の撮影

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この白看は圧倒的である。
過去に二度見ているが、もう一度見たいと思っていた。
僕の住んでいる新潟市からは車で約1時間ほど。いつでも行ける距離だ。
しかし、なんとなく先延ばしにしてきた。
だが、白看の淘汰が加速度的に進んでいる今、この白看もいつまであるかわからない。
諸行無常なのである。
All Things Must Passなのである。
悠長なことも言っていられない。
秋に一度来ようかとも思ったが、今年は新潟県内ではクマの出没が異常に多く、怖かったので控えた。

そういうわけで、この度この白看のもとへ再訪したので、白看ブリグでも047.【福島県】101/048.【平/野沢】104 として既出の白看ではあるが、特別編ということで有名なこの鳥井峠の白看を再度取り上げることとする。
この特別な白看の雰囲気を存分に味わっていただければ幸いです。

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以前は旧道の集落を過ぎ、道の舗装が途切れるあたりにクルマを止めて歩いたが、今は立派なトイレ付きの駐車場が現道沿いに整備されているため、車はそこに止めて長靴に履き替え、歩く。

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今年の異常な暖冬のおかげで、新潟‐福島の県境でさえほとんど雪がない。
おかげでこんな真冬に来ることができる。
平年ならとっくに雪に埋もれていることだろう。

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未舗装の旧道を歩くこと約5分、辺りが明るく開けると、あの特徴的なシルエットが見えてくる。
この峠には、近年送電設備らしきものがが整備されたために、以前よりも辺りが開けた印象になっている。
電柱のような人工物もあるため、廃道感はほとんどなく、怖くはない。
さあ、近づいてきた。

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ああ、この未舗装の貧弱な旧国道にポツンと威容を放つこの存在感。
華奢な支柱に不釣り合いな重厚な本体。
現在の青く爽やかに輝く案内標識にはない、景観にマッチする独特の配色。
それがさらに錆と褪色によっていっそう味わいを増している。
周囲は冬枯れ。
なんてすばらしい。白看を鑑賞するうえで味わいとなるすべての要素がこの一枚には詰まっている。
まずはカメラを向ける前にじっくりと鑑賞する。

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とにかく圧倒的。
看板の板面が下向きに傾いているため、白看に見下ろされている気分になる。
そして2枚に見えて実は1枚板という大胆さ。
重量も相当なものだろう。
貴重な〈102〉都府県に、僕が一番好きな〈104〉方向及び距離という最高の組み合わせ。
ずっと眺めていても飽きない。

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裏はもちろん「ロ」型。この「ロ」の面積も通常にはない大きさだ。
真っ赤に全面さびているが、穴あき等の傷みはなし。

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よくよく見てみると、「□」の部分と板本体を固定しているボルトは非常にきれいに見える。
錆も全くないようだ。
実はこの白看は定期的にメンテナンスされ、ボルトも新品に交換されているのではないかとも思ったが、吊り下げ部のそれはサビサビ。
どうもそういうことでもなさそうだ。

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支柱の下方には謎のひっかき傷が。
クマによるものか、草刈等の時につけられたものか。

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支柱根元の状態も見たところ特に異状はなく、ありがちな根元からポッキリ折れる、ということもしばらくはなさそうだ。
総体的にこの白看、実は非常に状態が良い。
傍の送電設備は整備された際に撤去されてもおかしくなかったはずだが、生き延びた。

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この鳥井峠の旧道は往来はほとんどないはずで、この白看が実質的に機能を果たしているとは思いにくい。
そうなると、この白看は何らかの意図のもとに残されていると考えてこともできるのではないか。
この歴史的な白看を将来、ぜひ保存、活用していただきたいものだ。

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先達により、付近には「新潟県」と「津川町」の白看の残骸も発見されているようだが、今回は見当たらなかった。
雪や落ち葉に埋もれている可能性もある。
こちらもぜひ自分の目で見てみたい。
その後、また次回の再会を願いつつ、後ろ髪を引かれながらこの場を後にした。

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この白看も、いつ撤去されても不思議はない。
もし白看好きの方で未見の方がいらしたら、是非実物を見て頂きたい一枚である。

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092.案内標識【長野県】

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所在 長野県下伊那郡平谷村
標識コード 102〈都府県〉
撮影 令和元/2019年11月
位置 35.331562, 137.601692
備考 

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里の秋に佇む白看。
比較的珍しいと思われる102〈都府県〉ではあるが、どうも全体の雰囲気が白看本来の趣には欠ける。

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反対側の「岐阜県」は残念ながら、現行の標識に置き換え済み。

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白看の淘汰が進んでしまった今となっては、これでも貴重な102〈都府県〉ではあるのだが、字体、文字が明るい水色であること、板面の縦横比、劣化の様子等から、本来の白看の趣には欠け、一昔前の「青看」に近い印象がある。
しかし、これも白看の歴史の1ページ、末期の白看ということだろう。

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081.案内標識【石川県】/082.案内標識【津幡町】

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所在 石川県河北郡津幡町
標識コード 102〈都府県〉/101〈市町村〉
撮影 平成26/2014年9月
位置 36.672059, 136.823501
備考 

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事前に情報を得ていて、「発見!」のときめきがなくとも嬉しい県境の102〈都府県〉。
101〈市町村〉のおまけつき。
天下の国道8号線の旧道の県境ともなれば、貫禄満点の白看が期待されるが、正直言って、どこか味の薄いこの白看。
もちろん嬉しいのは嬉しいが、字が整いすぎているというか、古い白看独特のフォントの味に乏しい。

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表面も汚れてはいるが、ただ汚いだけで、汚れにも味がなく、どこか新しい。
どことなく無機的な印象を与える白看である。
もちろんこの「白看ブリグ」で3本目の貴重な102〈都府県〉なので、大変ありがたいのではあるが。

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近くには、これもまたそう古くなさそうな「懸界」も。
切通しの低い峠の県境という立地はなかなかいいのだけれど。
とはいえとはいえ、今や白看はあるだけありがたいのだ。

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047.案内標識【福島県】/048.案内標識【平/野沢】

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所在 福島県耶麻郡西会津町
標識コード 102〈都府県〉/104〈方面及び距離〉
撮影 平成19/2007年4月
位置 37.659013,1390576779

備考 1枚の鉄板によりできている。

白看ブリグの再開を一人で祝し、超強力な白看をば。
この白看はもちろん自分の発見ではなく、dark的道部屋 様での情報をみて、3年前に初めて見に行き、例によって今回再撮影に行ったものだ。
新潟側の旧道が未舗装になる手前に車を停め、そこからは徒歩で峠に向かう。
前回訪れた時もそうだったが、峠(というほどでもないが)まではスグだと思って歩き出すと、なかなか遠く感じる。
このスグ先にはアノ白看が立っている!というドキドキ感もあり、だんだんと近づくにつれ緊張してくる。
が、なかなか白看は現れない。
撤去されてしまったかっ?!と一瞬悪い想像をしたが、それは今年も立っていた。

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この場所は午前に行くと逆光となり、なかなかキレイにはその姿を見せない。
前回も今回も午前である。
やすやすとその完全な姿を見せないところにこの白看の神秘さと荘厳さが感じられる。

…それにしてもこの白看の存在感といったらどうだろう。
二種類の看板を1枚にまとめているのでサイズが大分大きく、そんな立派なものが現在では1車線ほどの幅しかなくなった未舗装道路にぽつんと立っているのだから、看板自体の圧倒的な存在感と、反対にすっかり旧国道としての存在感を失った道路との大きなギャップに、そこはかとない不気味さすら感じられる。
うまく言えないが、僕はこの白看がちょっと「怖い」。
それは、いつ見えるかいつ見えるかと思って歩いていくうちに、木の陰から逆光に照らされた大きなシルエットが突然にゅっと出てくるせいもあるだろう。

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裏側の大きな錆びた「□」。
背面にさえも大きな存在感…。

ところで、よく見ると表面の「168.9」の文字から下段の「17.0」、さらに下段の「県」にかけて、一筋の傷がある。結構深い傷と見え、錆びている。
一体何による傷だろう。トラックなどに傷つけられた白看は良く見かけるが、この傷はそうやって付くようなものでもない。
それとも何かが落ちてきた??
どうでも良いことだけど、なかなか付きそうもない傷跡なのでちょっと気になる。

冬には深い雪に覆われると思われるが、それでもまだ立っている。
次々と全国の白看がなくなってゆく中、この白看は当分健在であるだろうし、そうであって欲しい。

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009.案内標識【宮城県】/010.案内標識【七ヶ宿町】

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所在 宮城県刈田郡七ヶ宿町
標識コード 102〈都府県〉/101〈市町村〉
撮影 平成18/2006年9月
位置 38.056974, 140.297411
備考 【宮城県】は支柱から落下し、落葉等の堆積物に埋まっている。

僕は大学で国史を専攻していたこともあり、大学での友人には考古学を専攻し、実際に発掘調査などの経験があるものも多く、実際にそれを職業としている者もいる。
しかし、僕は文献史学をやっていたので、発掘経験はなく、せいぜい山形県立博物館で館務実習という科目で、遺物の整理をちょびっとやったくらいだ。

ところで「考古学」というと、一般には縄文時代とか弥生時代の土器だとか、前方後円墳だとか、そういうむかーしむかしのことを対象とするものと思いがちだが、明治以降の所謂近現代のことでも、例えば東京都港区の旧汐留貨物駅跡なんかでは、江戸時代の大名屋敷の遺構のみならず、明治時代の新橋停車場の遺構も発掘調査され、駅舎をはじめ、転車台などの駅施設から弁当ガラ・お茶の瓶に至るまで出土し、汐留遺跡と総称されている。
このように、考古学とは決して太古の昔のことばかりでなく、比較的身近な時代をも扱う学問なのである。

そして今回、全く考古学的調査に縁のなかった僕が、ついに発掘調査を行い、歴史的遺物を白日の下に晒す時がやってきたのである…。

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ここが今回の舞台、金山A遺跡である。
写真の支柱の下に今回の確認調査を行なうためにトレンチ「1T」を設定する。

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「1T」の様子。いよいよ調査に取り掛かる。

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あ、いきなり…。

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出てきちゃった。
『「1T」の様子』の写真の中央右上に写っている石と、上の左写真の排水口のフタの上側に写っている石を目安に、その位置に注目。
まさかこんなところに白看が埋まっているとは…!
以上で確認調査終了。
なお、今回の調査には、束北大学考古学研究室、宮域県教育委員会、宮域県埋蔵文化財調査事業団の皆様の協力を賜りました。ありがとうございました。

…冗談はさておき、dark的道部屋様情報により、ここに七ヶ宿町の市町村標識のみならず、宮城県の都府県の白看もあり、それは既に支柱から外れて支柱に立てかけられた状態であることは知っていた。
しかし、前回ここを通ったときはそれは見つけられず、もはや都府県標識はなくなっているものと思っていたのだが、今回、市町村標識の支柱の足下を眺めていてふと思いたち、軽く掘ってみたところ、ほんとに出てきた。
ま、こんなことしている所を誰かに見られたら、この前の〝標識泥棒〟に間違えられかねないんだけどね…。

真面目に考古学を勉強している人には怒られそうだが、今回僕も「発掘の喜び」を体験できた。

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