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009.案内標識【宮城県】/010.案内標識【七ヶ宿町】

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所在 宮城県刈田郡七ヶ宿町
標識コード 102〈都府県〉/101〈市町村〉
撮影 平成18/2006年9月
位置 38.056974, 140.297411
備考 【宮城県】は支柱から落下し、落葉等の堆積物に埋まっている。

僕は大学で国史を専攻していたこともあり、大学での友人には考古学を専攻し、実際に発掘調査などの経験があるものも多く、実際にそれを職業としている者もいる。
しかし、僕は文献史学をやっていたので、発掘経験はなく、せいぜい山形県立博物館で館務実習という科目で、遺物の整理をちょびっとやったくらいだ。

ところで「考古学」というと、一般には縄文時代とか弥生時代の土器だとか、前方後円墳だとか、そういうむかーしむかしのことを対象とするものと思いがちだが、明治以降の所謂近現代のことでも、例えば東京都港区の旧汐留貨物駅跡なんかでは、江戸時代の大名屋敷の遺構のみならず、明治時代の新橋停車場の遺構も発掘調査され、駅舎をはじめ、転車台などの駅施設から弁当ガラ・お茶の瓶に至るまで出土し、汐留遺跡と総称されている。
このように、考古学とは決して太古の昔のことばかりでなく、比較的身近な時代をも扱う学問なのである。

そして今回、全く考古学的調査に縁のなかった僕が、ついに発掘調査を行い、歴史的遺物を白日の下に晒す時がやってきたのである…。

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ここが今回の舞台、金山A遺跡である。
写真の支柱の下に今回の確認調査を行なうためにトレンチ「1T」を設定する。

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「1T」の様子。いよいよ調査に取り掛かる。

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あ、いきなり…。

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出てきちゃった。
『「1T」の様子』の写真の中央右上に写っている石と、上の左写真の排水口のフタの上側に写っている石を目安に、その位置に注目。
まさかこんなところに白看が埋まっているとは…!
以上で確認調査終了。
なお、今回の調査には、束北大学考古学研究室、宮域県教育委員会、宮域県埋蔵文化財調査事業団の皆様の協力を賜りました。ありがとうございました。

…冗談はさておき、dark的道部屋様情報により、ここに七ヶ宿町の市町村標識のみならず、宮城県の都府県の白看もあり、それは既に支柱から外れて支柱に立てかけられた状態であることは知っていた。
しかし、前回ここを通ったときはそれは見つけられず、もはや都府県標識はなくなっているものと思っていたのだが、今回、市町村標識の支柱の足下を眺めていてふと思いたち、軽く掘ってみたところ、ほんとに出てきた。
ま、こんなことしている所を誰かに見られたら、この前の〝標識泥棒〟に間違えられかねないんだけどね…。

真面目に考古学を勉強している人には怒られそうだが、今回僕も「発掘の喜び」を体験できた。

平成19年10月に再訪しました。

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前回訪問時、「発掘」した「宮城県」の方は埋め戻し、原状に復してきたため、この時も「原状」通り裏返しになって埋まった状態でした。
理屈から言えば、支柱に取り付けられた状態が本来の「原状」なのですが、この場合は埋まった状態が「原状」と言えそうです。

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「七ヶ宿町」の方はボロボロになりながらも現存。

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金山峠はいつ訪れても薄暗く、陰気な峠です。
しかしそれがまた、峠感を一層濃いものにしています。

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この時もお顔を拝見するために掘り起こしてみました。
ここは比較的実家に近いこともあり、その後も何度か訪れていますが、後年撤去されてしまったようです。
もしかして、現在も埋まっているのかもしれませんが、未確認です。

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