163.規制標識【高さ制限 CLEARANCE】

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所在 岩手県一関市
標識コード 319〈高さ制限〉
撮影 令和6/2024年5月
位置 38.993618, 141.281719
備考

岩手県一関市には、貴重な旧型標識である【高さ制限 CLEARANCE】が一つのトンネルを挟んで両側に残っており、それらについては147148 で既に取り上げている。
その先の道はいよいよ暗く鬱蒼としており、昨年撮影に訪れた際に、貴重な標識を2本撮ることができたことに満足した僕は、先に進むことなくそこで引き返してしまった。
ところが、あとでその先をストリートビューで見てみると、なんと、その先のトンネルの前にも同様に、高さ制限の古びた標識がもう1本あるのを見つけてしまった。
後悔した僕はすぐにでも撮りに行きたかったが、そこは遠く離れた岩手。
再訪する機会を得られないまま1年が過ぎた。

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これはほんとうに「白看探しあるある」なのだが、詰めが甘いとこうなるのだ。
その先にもう1本。角を曲がってもう1本。対向車線にもう1本。
白看(旧型標識)探しでは常に肝に銘じていなければならない。

さて、1年越しにお目にかかることができたこの標識は、先の2本に比べると非常に状態が悪かった。
全体は赤茶色に錆びついており、文字も読み取れない部分がある。
普通に考えれば先の2本と同じ時期に設置されたものであろうが、この違いは設置された環境によるものなのか。

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文字をよく見ると「高」の文字が「梯子高」となっていない。
先の2本は「梯子高」だった。
より傷みの激しいこっちの方が新しいのだろうか…。

―僕は誤解していたのだ。
この1年のあいだ、あの2本の先にはもう1本「同じ標識」があるんだ、と思い込んでいたのだが、それは「同じ」ではなかった。
これは指導標識の404〈高さ制限〉ではなく、規制標識の319〈高さ制限〉だったのだ。
よく見れば色も図案もまるで違う。
制度上では147148の2本は昭和25年3月から昭和35年12月まで、今回のこれは昭和35年12月から昭和38年3月までの間に設置されたことになる。

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なぜこれだけが少し遅れて設置されたのかはわからないが、状態の悪さはこれで納得がいく。
147148の2本は琺瑯製で耐候性に優れているが、これは恐らく鉄製であるため、このように錆ついてしまっているのだろう。
余談だが、琺瑯の耐候性はこのように歴史が証明しているので、我が家の表札にも採用されているところである。

そういう訳で、これは白看ブリグに初めて登場する貴重な「規制標識」の319ということとなった。

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157.規制標識【最大幅 MAXIMUMWIDTH】

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所在 長野県須坂市
標識コード 317の2〈最大幅〉
撮影 令和4/2022年3月
位置 36.645080, 138.303848
備考 須坂市内の〈最大幅〉5/5本目。

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須坂市内に集中的に残る〈最大幅〉の旧型標識。
本当に一体どういうことなのか、こんなにも貴重な60年くらい前のものと思われる旧型標識が、須坂市市街地に集中して5本も残されている。
153.のところにも書いたように、このような「規制標識」は白看のような「案内標識」とは異なり、その示す情報が古くなることが比較的少ない。
白看のような案内標識は市町村合併やバイパスの整備などにより、表示されている地名や距離、ルートが変わることは多いだろう。
一方、〈最大幅〉ような規制標識は、その道が主要なルートから外れてしまった場合であっても、その道が拡幅されない限りはその示す情報の内容は変わらない。
実際にここまで掲載してきた5本中4本は現在でも情報としては現役であった。

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また、吊り下げ式なども多い案内標識にくらべ、規制標識は比較的低い位置に自立して設置されていることが多いため、劣化による落下等の危険性も少ない。
そのため、設置根拠となる規則が改正されてそのデザインが変わったとしても、役所としてはコストをかけて敢えて撤去する必要がないのだろう。
事実を示している標識が、古いデザインのままだとして非難する者も少ないだろう。

とはいえ、やはりこれだけ集中的に残っていることは貴重であり、嬉しい。

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さて、一連の〈最大幅〉の最後を飾る5本目「2.4M」は5本中もっとも状態が良くきれいだ。
背も低く、可愛い。

ところで、この規制標識317の2〈最大幅〉の制定は昭和37/1962年1月のことであり、その翌年の昭和38年3月には現在に通じる丸型の標識に変更されている。
ということは、これら長方形の〈最大幅〉はわずか1年ほどしか制定されなかったということになる。
すなわちこれら5本の〈最大幅〉は、実は昭和37年から昭和38年の初頭にかけて設置されたものであると推定できるのである。
規則の改正できっちり切り替わったかどうかは疑問ではあるが、設置年代がほぼ特定できる点でも非常に貴重な317の2〈最大幅〉なのだ。

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貴重な旧型標識を一気に5本も見て、もうお腹いっぱいだ。
それにしても「MAXIMUM WIDTH」、なんてカッコいい響きなのだろう。

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156.規制標識【最大幅 MAXIMUMWIDTH】

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所在 長野県須坂市
標識コード 317の2〈最大幅〉
撮影 令和4/2022年3月
位置 36.653761, 138.312689
備考 須坂市内の〈最大幅〉4/5本目。

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長野県須坂市内に残る旧型標識〈最大幅〉の4/5本目。
クランクの奥に続く小路の入り口に立っている。
4本目ともなると少しずつ規制が緩まり「2.3M」まで広くなった。

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この標識の味わい深いところとしては、地面に埋め込まれて立っているのではなく、物干し竿の支柱のように、基礎に立っているところにある。
トミカとかNゲージとかで製品化されそうな模型感が可愛らしい。
このような形の標識は、昔の街並みの写真集等ではよく見かけるのだが、現存しているものはほとんど見かけないと思う。
可搬式であるだけに、簡単に撤去されてしまうからであろう。
このような標識は白看ブリグにおいても、初めてかもしれない。
もっとも、白看ブリグの主要コンテンツである所謂「白看」は、固定されるべき標識であり、可搬性を持たせる意味がないため、これまで登場しなかったことも当然と言えば当然ではあるのだが。

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状態といては、錆などの劣化は年代相応に思えるが、左肩に折れ曲がった痕がある。
それでもおよそ60年くらい前のものと思えばよい方だろう。
須坂市内の〈最大幅〉の裏面には特に刻印やメーカー記載等は見られない。

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奥に見える白い建物と車は現代風であるが、そのほかの雰囲気は当時の雰囲気を良く残している。

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155.規制標識【最大幅 MAXIMUMWIDTH】

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所在 長野県須坂市
標識コード 317の2〈最大幅〉
撮影 令和4/2022年3月
位置 36.661826, 138.312758
備考 須坂市内の〈最大幅〉3/5本目。

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153.154.に続く須坂市内の〈最大幅〉3/5本目。
幅の狭い順にこれは「2.0M」。
どう見ても個人のお庭に立っている。
個人感ただならぬ様子で、ここの住民が趣味で立てたのではないかと思うほどだ。

しかし、もし個人で立てたのであれば、メンテナンスはもっと行き届いて良いはずだ。
それだけこの標識の状態は悪い。
基本的にこの時代の標識は琺瑯製とみられ、現存しているものは白看などに比べると比較的良いものが多い。
特徴的な弾痕状の錆も多く、その雰囲気は宮城県川崎町の106.【静かに QUIET】405に似ている。

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これだけ錆びてボロボロな標識が自分の家の庭に立っていて、このお宅の住民は気にならないのだろうか。
これがもし自分の家で、僕がこういう趣味をしていなければ、役所に「なんか庭に昔から変なボロボロのが立っているのですけれど、取ってくれませんか?」と言ってしまいそうだ。

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家と一体化した旧型標識はとても佇まいが良いが、それだけに写真にも収めにくい。
何も言わずにボロボロ標識を許容してくれている住民に感謝しなければならない。

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154.規制標識【最大幅 MAXIMUMWIDTH】

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所在 長野県須坂市
標識コード 317の2〈最大幅〉
撮影 令和4/2022年3月
位置 36.666839, 138.304228
備考 須坂市内の〈最大幅〉2/5本目。補助標識付き。

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153.に続く須坂市内の〈最大幅〉2/5本目。
表示は「2.0M」となっているが、周辺の道路は拡幅されたようで、それらしい隘路は見られない。
その点前回の153.とは異なり、その役割は既に失われている。
しかし自然に倒れ放置されているというよりは、意図的に横たえられているように見え、その扱いに配慮が感じられて好ましい。

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この標識の特筆すべき点は、補助標識まで残っている点にある。
錆びによりはっきりと読み取れないのが残念だが、「〇〇から」「m先より」という文字が判別できる。
普通に考えれば「〇〇から」とくれば「△△まで」とくるのが自然に思えるが、どういう表示だったのだろうか。
「〇〇から」の前に何か書いてあるようにも見えるが、よく確認してこなかったことが悔やまれる。

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補助標識付きの縦型長方形の旧型標識を見たのはこの時が初めてだった。
昔の写真等では見たことがあるが、当時は補助標識付きのご丁寧な標識が多かった印象。

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背後の土蔵は壁が崩れ、空は春の曇天。
廃れた風景が、えも言えずよい。

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153.規制標識【最大幅 MAXIMUMWIDTH】

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所在 長野県須坂市
標識コード 317の2〈最大幅〉
撮影 令和2/2020年8月
位置 36.656218, 138.297636
備考 須坂市内の〈最大幅〉1/5本目。

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白看ブリグ初登場となる〈最大幅〉。
縦型長方形+英語表記の旧型標識のうち、比較的見慣れた昭和35年12月制定の〈警笛鳴らせ〉から少し遅れて、〈最大幅〉のみなぜか昭和37年1月の制定となっている。
標識コードも「317の2」となんか中途半端。
全くの推測に過ぎないが、次第に自動車が普及してきて、既存の未改良の道路では狭く感じられることが多くなったため、注意喚起のこの標識が急遽制定されたのではないだろうか。
この場所の「最大幅」は1.8m。
これは昔のクルマでも狭く感じたであろう幅に見えるし、現代のクルマからしてみれば無事に通り抜けられる保証はなさそうだ。
ちなみに現行のVWゴルフの全幅は1,790mm。
ここを通り抜けるのは不可能だろう。

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他の琺瑯製旧型標識同様、標識自体の状態は良い。
しかも、現在においても道幅が改良されない限りこの標識がその役目を終えることはないのだし、さらに言えば、どんどんクルマが大型化する現代において、相対的にこの標識の存在意義は増していくということもできるのだ。
設置後50年以上の時を経て、なお存在意義を持ち続けているこの〈最大幅〉は偉い。

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ところで、ここ長野県須坂市にはいったいどういう訳かこの旧型標識の〈最大幅〉が集中して現存していることで知られている。
上記のとおり現在でもその存在理由を失っていないのだから、現存していておかしいという理屈はない。
無くなると淋しく残念な旧型標識ではあるが、一方で「集中的に」あったらあったで不思議に思えてしまうのだ。

そういう訳で、この後も合計5本の須坂市内の〈最大幅〉を取り上げてみたい。

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148.指導標識【高さ制限 CLEARANCE】

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所在 岩手県一関市
標識コード 404〈高さ制限〉
撮影 令和5/2023年5月
位置 38.992949, 141.282362
備考

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トンネルの向こうの147.【高さ制限 CLEARANCE】を撮り終えた後、怖いトンネルを小走りに走り抜けて反対側にやってきた。
こちらにも同じものが立っている。
両端にこんな貴重な旧型標識を擁するとは、なんて貴重かつ贅沢なトンネルなのだろう。
こちらも当然反対側と全く同じものであるが、こちらの方が比較的日当たりが良いのか、赤色の帯と「3.7m」の文字は完全に褪色し、読めなくなっている。

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こちらは裏側もよく見えるので確認してみるが、特段文字情報はなし。
「KANTO-ENAMEL TOKYO」のロゴを期待したが、それはなかった。
標識正面のすぐ下の支柱のところには「県」の文字が見えるが、それ以下は読み取れず、何が書いてあったのか知ることもできない。

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すぐ近くにはやはりかなり古いものと思われる202〈屈曲あり〉が。
見慣れたもので珍しくもなんともなく感じるが、実はこれも404〈高さ制限〉と同じく昭和25年に制定されたものの一つである。
ただ、その後ずっと継続して現役であるため、全く珍しさは感じない。
しかし、一枚板でできているところから相当に古い時期に立てられたものだということはわかる。
足元のざるの上ではなにか山菜らしきものが干されていて長閑。

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さて、貴重な古い2枚の旧型標識が建てられているこの道路、現在は通る車もいない寂れた市道である。
しかし、このように古い標識が建てられているということは、かつては幹線道路として人々の往来を助けていたはずだ。

1975

これはお馴染み国土地理院が提供している1975年の航空写真から、同地区を切り出したものである。
画像中央右寄り上方、国鉄大船渡線をまっすぐ南北に貫いている細い道路がこの道=当時の県道19号線である。
実はこのトンネルは国鉄大船渡線との立体交差なのである。

細々と北に線路を貫いたこの道は、すぐにヘアピンカーブで180°折り返し、直角カーブを経て、今度は北から線路を貫いて北西に進んでゆく。
一方で、画像の下方では太くきれいな逆Ω型の道路を工事中の様子。こちらが現在の県道である。
この道は県道19号線の旧道だったのである。
旧道にしても現道にしても、なぜ大きなカーブを描くように画像中央部を迂回しているのかは謎だが、付近に国道はないことから、当時から県道19号線は一関市と旧大東町を結ぶ重要な幹線道路だったはず。
有名観光地である猊鼻渓に行く行楽客も多く通ったことだろう。

そう考えれば、この貧弱なこの道への手厚い標識の設置もリーズナブルなことである。

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147.指導標識【高さ制限 CLEARANCE】

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所在 岩手県一関市
標識コード 404〈高さ制限〉
撮影 令和5/2023年5月
位置 38.993563, 141.282317
備考

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白看ブリグ初登場となる、昭和25年制定の規制標識のひとつである〈高さ制限〉。
昭和35年には規制標識に統合されてしまうため、制定期間はたった10年間という、405〈静かに〉や406〈警笛鳴らせ〉同様、現存していることが奇跡的と言っても過言ではない、非常に貴重な旧型標識である。
「高さ制限」の「高」の字はもちろん「梯子高」。
「CLEARANCE」という英語表記もカッコよく、長方形の旧型標識の魅力に溢れている。
多くの長方形の旧型標識同様、琺瑯製と思われる板面は、「3.7m」の表記は薄れているものの比較的良い状態が保たれ、発色も鮮やかに残っている。
支柱が角型であることもその古さを示している。

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言うまでもなくこの立地で制限している高さというのは、この先にあるトンネルの高さのことであるが、不思議なのはそのトンネルの断面。
多くのトンネルに見られるかまぼこ型ではなく、おにぎり型というか、妙に尖った断面をしている。
実はこのトンネルの反対側にも同じ【高さ制限 CLEARANCE】 があり、この時はそっちから進んできたのだが、クルマを停めるスペースがなかったためトンネルをくぐり、その先に駐車できるスペースを見つけ、そこにクルマを停めた。
ということは、反対側の【高さ制限 CLEARANCE】〉 を撮るためには、当然徒歩にてこのトンネルを潜らないといけないことになる。

トンネルをこの身一つで潜るのは、怖い。
僕はトンネルが怖い。
出口の明かりが見通せていても、怖い。
クルマに乗ってビュッと通過するのは怖くも何ともないが、歩いて潜るのが怖いのだ。
貴重な旧型標識の撮影のため、僕は小走りにこの奇妙な断面のトンネルを走り抜けた。

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137.指導標識【警笛鳴らせ SOUNDHORN】

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所在 長野県上水内郡小川村
標識コード 406〈警笛鳴らせ〉
撮影 令和4/2022年10月
位置 36.632349, 137.966296
備考

125.【警笛鳴らせ SOUNDHORN】(宮城県仙台市)に続いて、白看ブリグ3本目の406〈警笛鳴らせ〉。
白看ではないが、非常に貴重な旧型標識のひとつである。
全国的にも数が少なく、現存しているものは全て貴重なものであり、できることなら1本でも多く記録に残したいと思っている。

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場所は小川村役場から北上した山あいの長閑な集落内。
今の様子から見ると、見通しも悪くなく、特段危険な様子は見られないため、なぜここで警笛を鳴らさなければならないのか、現状からは推し量ることは難しい。
すぐ傍には村立小川北小学校跡があり、小学校の傍でプッププップ警笛を鳴らされたら喧しいだけのような気もする。
しかし何事も現在の感覚で過去を想像しては間違いのもとである。
きっと当時は道路拡幅の前であり見通しが悪かった、木々が鬱蒼と茂っており見通しが悪かった、人口も多く車の往来がずっと激しかった、など何か理由があったはずである。

標識の状態自体は過去の2本に比べると非常にクリーンである。
琺瑯製であることから色がきれいに残っているだけでなく、この種の旧型標識に多く見られる弾痕状の塗装の欠けとそこから発生する錆びも非常に少ない。

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支柱は味わいの深い木製。
この406〈警笛鳴らせ〉は昭和25年に制定され、昭和35年の省令改正まで用いられたもので、白看に比べると比較的設置年代が古い。
しかし木製の支柱の旧型標識はこれまで見てきたなかでもその数は多くはなく、山形県の002.【危險 DANGER】(山形県南陽市)063.【宮内/中川駅】103B、それに福島県の089.【石川/白河/郡山】103A、長野県の067.【長野/柏原】103Bくらいと数えるほどしかなく、しかもどれも味わいにおいては一級品である。これらがすべて撤去されてしまっている現在、木製支柱を持つこの標識はその点においても貴重と言える。

さて、裏面をよく見ると、右下にあのマークが。

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また出た!「KANTO-ENAMEL TOKYO」のロゴマーク。
前回の125.【警笛鳴らせ SOUNDHORN】(宮城県仙台市)も同社製だった。ということは、両者は同じであるはず。
並べて比べてみよう。

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左が今回長野県小川村のもの 、右が宮城県仙台市のものである。
あれれ、結構違う。
間違い探しのようになるが、「警笛鳴らせ」の文字が仙台市のものの方が細く繊細であること、真ん中の図案のホーンの大きさが#2の方が小さく、ビビビーと出ているギザギザの数もも少ない。
(実はそもそものサイズが違っており、宮城県のものの方が小さいため、図案の違いが生じたものと思われる)

そう、これこそが魅力。
今であればコンピュータで図案化し、どんなに大量に作製しても寸分狂わず同じものが作れるはずだし、そうしないと品質管理の面でもクレームがつくかもしれない。
しかし当時はおそらく職人が1本1本手書きで作成していたはずであり、その個体差こそが今の標識にはほとんど見られなくなった、白看をはじめとする旧型標識の大きな魅力なのである。

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近くの酒屋さんは廃業して久しい様子。
静かな晩秋の山里に、僕は趣深い標識を見ることができた。

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125.指導標識【警笛鳴らせ SOUNDHORN】

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所在 宮城県仙台市青葉区
標識コード 406〈警笛鳴らせ〉
撮影 令和3/2021年8月
位置 38.285793, 140.689626
備考

015.【警笛鳴らせ SOUNDHORN】(山梨県笛吹市)に続いて、白看ブリグにおいて16年ぶり2本目の406〈警笛鳴らせ〉。
非常に貴重な旧型標識のひとつである。
白看や旧型標識が淘汰されつつある現在において、現存する貴重なそれらを記録、保存することは喫緊の課題であると、ごく私的な使命感にかられた僕は、昨年夏、貴重な夏休みの一日を使って、ひとり東北南部の旧型標識収集ドライブに出かけた。

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場所は仙台市青葉区。
国道457号線と国道48号線が交わるところで、線形改良のために付け替えられた旧道の名残の部分にこれは立っている。
旧道は現道からは切り離され、接続していない。
そのため、この部分は行き止まりとなっており、一般の交通には供されていない状態であり、極めて私道感が強い。
時期的に新型コロナの影響により、他県への往来を控えるよう呼びかけられていたこともあり、ここに侵入するのは敷居が高い。

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こっそり車を止め、悪いことでもするかのようにコソコソと標識に忍び寄る。
辺りには住民の自家用車が停めてあり、標識の足元にも庭先にあるような植木鉢やプランターが置いてある。
住民の方からすれば、自分ちの庭先に余計な古い道路標識がいつまでも立っていて、邪魔だわ、といった感じかもしれない。
屋外の誰もいないようなところでマスクをつけるのは無意味だと自覚しつつも、世間の目を気にしてこの時はつけている。
マスクをつけた男が、古い標識の写真をバシャバシャとっているのだから、不審なことこの上ない。

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裏にも回り、写真を撮る。
表面を撮るのであれば、百歩譲って意味がありそうに見える。
それが裏に回って撮っているのでは、客観的にみれば標識ではない何か、例えば他所の民家とか、好ましくない他の物を撮っているようにも見える。
なにも悪いことをしているわけではないのに、盗撮でもしているようにコソコソ、そそくさと撮影を進める。

標識自体の状態は、015.【警笛鳴らせ SOUNDHORN】(山梨県笛吹市)に比べれば良いものの、このタイプの旧型標識に特徴的な弾痕状の錆が両面に見られる。
しかし、琺瑯製の強みで、褪色は見られず文字もはっきりとしている。

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出た!「KANTO-ENAMEL TOKYO」
ある年代の琺瑯製の旧型標識に、これまでも何度か登場したロゴだ。
パッと思い出せるのは、089.【石川/白河/郡山】103Aだが、他にも何本かあったように思える。
今度、「KANTO-ENAMEL-TOKYO」製の標識をまとめてご紹介したいと思う。

案内標識(白看)に比べて、フォントや仕様が安定していると思われる指導標識や警戒標識であるが、並べて子細に観察すれば、そこに何か違いもあるはずだ。
今後も可能な限り、比較できるだけの数を集めていきたいところである。

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