162.案内標識【仙台/中新田】

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所在 宮城県大崎市
標識コード 103B〈方向・方面及び距離〉
撮影 令和2/2020年3月
位置 38.527941, 140.946012
備考 現存せず

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かつて宮城県にあった白看のひとつ。
いたってオーソドックスな103-Bタイプである。
板面に取り付けられた合計12個のボルトはピカピカしており、一見するとそこは穴が開いて背景が透けているように見える。

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背面は「ロ」型でも格子型でもなく、珍しい「目」型。
このタイプはほとんど見たことがない。

中新田とは2005年まで存在していた町で、その後加美町と合併して消滅。
ストリートビューによれば、この白看のボルトは新しく見えたものの、撮影後まもなく撤去され消滅しており、2022年4月のストリートビューではむなしく支柱のみが写されている。

 

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125.指導標識【警笛鳴らせ SOUNDHORN】

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所在 宮城県仙台市青葉区
標識コード 406〈警笛鳴らせ〉
撮影 令和3/2021年8月
位置 38.285793, 140.689626
備考

015.【警笛鳴らせ SOUNDHORN】(山梨県笛吹市)に続いて、白看ブリグにおいて16年ぶり2本目の406〈警笛鳴らせ〉。
非常に貴重な旧型標識のひとつである。
白看や旧型標識が淘汰されつつある現在において、現存する貴重なそれらを記録、保存することは喫緊の課題であると、ごく私的な使命感にかられた僕は、昨年夏、貴重な夏休みの一日を使って、ひとり東北南部の旧型標識収集ドライブに出かけた。

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場所は仙台市青葉区。
国道457号線と国道48号線が交わるところで、線形改良のために付け替えられた旧道の名残の部分にこれは立っている。
旧道は現道からは切り離され、接続していない。
そのため、この部分は行き止まりとなっており、一般の交通には供されていない状態であり、極めて私道感が強い。
時期的に新型コロナの影響により、他県への往来を控えるよう呼びかけられていたこともあり、ここに侵入するのは敷居が高い。

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こっそり車を止め、悪いことでもするかのようにコソコソと標識に忍び寄る。
辺りには住民の自家用車が停めてあり、標識の足元にも庭先にあるような植木鉢やプランターが置いてある。
住民の方からすれば、自分ちの庭先に余計な古い道路標識がいつまでも立っていて、邪魔だわ、といった感じかもしれない。
屋外の誰もいないようなところでマスクをつけるのは無意味だと自覚しつつも、世間の目を気にしてこの時はつけている。
マスクをつけた男が、古い標識の写真をバシャバシャとっているのだから、不審なことこの上ない。

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裏にも回り、写真を撮る。
表面を撮るのであれば、百歩譲って意味がありそうに見える。
それが裏に回って撮っているのでは、客観的にみれば標識ではない何か、例えば他所の民家とか、好ましくない他の物を撮っているようにも見える。
なにも悪いことをしているわけではないのに、盗撮でもしているようにコソコソ、そそくさと撮影を進める。

標識自体の状態は、015.【警笛鳴らせ SOUNDHORN】(山梨県笛吹市)に比べれば良いものの、このタイプの旧型標識に特徴的な弾痕状の錆が両面に見られる。
しかし、琺瑯製の強みで、褪色は見られず文字もはっきりとしている。

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出た!「KANTO-ENAMEL TOKYO」
ある年代の琺瑯製の旧型標識に、これまでも何度か登場したロゴだ。
パッと思い出せるのは、089.【石川/白河/郡山】103Aだが、他にも何本かあったように思える。
今度、「KANTO-ENAMEL-TOKYO」製の標識をまとめてご紹介したいと思う。

案内標識(白看)に比べて、フォントや仕様が安定していると思われる指導標識や警戒標識であるが、並べて子細に観察すれば、そこに何か違いもあるはずだ。
今後も可能な限り、比較できるだけの数を集めていきたいところである。

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121.案内標識【大河原/永野】

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所在 宮城県柴田郡村田町
標識コード 103B〈方面・方向及び距離〉
撮影 平成19年(2007)5月
場所 38.124650, 140.720199
備考 現存せず

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120.【丸森/角田/梁川】に続いて宮城県の白看を。
とはいえ、これも15年も昔の平成19年に撮影したものである。
東北は山形生まれの僕としても、大河原も永野もピンとこない地名で、あまり思い入れを持てず、ずっと白看ブリグに掲載しないまま15年が過ぎた。
15年といえば大正時代であれば改元である。
正に光陰矢の如し。

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ごみ置き場の横に、…愛する白看をこのように呼ぶのは気が引けるが…、ごみのような白看が立っていた。
錆びは水膨れのように表面を侵食し、中央から縦に折れたような跡まである。
白看に特有のキレイなモザイク状の劣化は見られず、とにかく錆つき、古びた美しさがあまり感じられない残念な感じの白看である。
一般に旧い白看を見つければ嬉しいのは当然だが、その中でも好みの“古び”というものがあるものだ。

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裏側は支柱で立っている白看にはよく見られる「二」型の補強。
自分に思い入れがないばかりに、この白看にはいろいろ失礼なことを言ってしまい、死者に鞭打つようで心苦しくなってきたので、一つだけいい話を。

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令和4年現在、この白看は撤去されて新しい現行の青看に置き換えられているが、矢印の位置、案内先の地名、距離のすべてが前身の白看を踏襲しているのである。
錆付きボロボロになり撤去された白看の魂は、現行の青看に引き継がれているのだ。
よかったよかった。

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120.案内標識【丸森駅/角田/梁川】

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所在 宮城県伊那郡丸森町
標識コード 103A〈方面・方向及び距離〉
撮影 令和4年(2022)5月
場所 37.922487, 140.763107
備考 平成18年(2008)の比較画像あり

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阿武隈川のほとり、国道349号線の変形交差点にある比較的よく知られた白看。
数が少なくなった103Aタイプである。
「角田」の「角」の字に特徴があるが他にはあまり特徴がないが、あえて特徴を探すのであれば矢印が全て左側にまとめられており、どこかバランスが悪い。

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一見した印象は比較的新しそうな白看ではあるが、裏側は「ロ」型で旧いものとわかる。
この白看、過去にも撮影しており、それはもう16年も前の平成18年(2008)のことである。

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キレイだ!
支柱は錆びているが、看板板面は文字も色もしっかり残っており、十分に視認性が残っている。
その後16年の時を経て、表面の錆がかなり進行しているのがわかる。
今回再訪した時も、激しい雨に打たるままに立っていた。
細かく見ていくと、当然ではあるが平成18年当時にぽつぽつと発生していた錆が大きくなり、板面を侵食している。
それぞれ、「1km」の右上、「KAKUDA」の「D」と「A」の間、「YANAGAWA」の一つ目の「A」の上、角田の方向を示す「→」の左側の錆が特徴的だ。

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白看に限ったことではないが、錆はほおっておくとカビのように広がり侵食してゆく。
この白看が「茶看」になるのもそう遠くはないことと思われる。
その頃にはこの目立つ交差点に立つ白看も撤去されてしまうのだろう。

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050.案内標識【指浜】(再掲・3.11震災前後)

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所在 宮城県牡鹿郡女川町
標識コード 105〈著名地点〉
撮影 平成18/2006年7月
位置 38.470672, 141.48154
備考 現存せず

再撮影ではない。
今日で2011年3月11日の東日本大震災から10年が経った。
僕自身は、幸いにも直接の被害は被っていないものの、東北生まれ東北育ちの身としては、思うところがあるものだ。
とはいえ、白看ブリグはそのような僕の思いなどを開陳する場ではないし、そうしようとしたところでうまく書くことはできない。
そのため、白看的に思うところを書く。

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既にこの白看は、050.【指浜】105で掲載済みである。
僕は2006年、今から15年近く前、震災の5年近く前にこの白看を撮影している。

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これは、Googleから引用した、同地点の2011年8月、震災から5か月後の画像である。
白看がなくなっていることはもちろんのこと、白看の傍に立っていた民家は、門と塀の一部を残してなくなっている。
もう、ないのだ。

前回掲載の記事にも書いたが、この白看を撮った15年近く前、僕はここでオジサンの姿を見た。
会釈くらいはしたようだ。
少なくとも言葉は交わしたのだ。
けれど、そのオジサンは今もご健在か、震災前に亡くなったか、震災により亡くなったか、今の僕には知るすべもない。
名前も知らなければ、顔すら覚えていないのだから。
かつてここにあった白看を再び見ることはできないし、そのオジサンに再び会うことも、そのオジサンの生死に関わらず、二度とないだろう。
もう、ないのだ。

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一期一会。
ありふれた言葉だけれど、これは人にも白看にも当てはまる。

震災を持ち出してまで白看の話題か、と叱られそうだが、僕は大真面目にこれを書いている。

 

 

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106.指導標識【静かに QUIET】

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所在 宮城県柴田郡川崎町
標識コード 405〈静かに〉
撮影 令和2/2020年11月
位置 38.170998, 140.71631
備考

なんかおかしかった令和2年も、あと残すところ1日となった。
忘年会も帰省ラッシュもない、不思議な年末である。
世の中、外出せぬよう、静かに過ごす年末年始が求められている。
わが白看ブリグも、この異常な事態にあって、なにか社会的な貢献をできないものかと熟考に熟考を重ねたところである。

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白看ブリグなら白看ブリグらしく、旧型標識にて世間に呼び掛けたいと思う。
この年末年始は、「静かに」と。

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というわけで、白看ブリグ初登場の「指導標識」「静かに」である。
「指導」に「静かに」と、学校の先生のようにいちいち偉そうである。
それもそのはず、近くには(元)学校があるではないか。
だから静かにしないといけないのか。
それにしても安全のための「規制」標識ならまだわかるが、指導とはなんだ指導とは。
なんだか随分と目線が高い。

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そんな偉そうな標識も、見るも無残な風前の灯火。
いつ落下してもおかしくないようなブランブランである。

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僕もまだ2例しか実物を見たことのないこの「静かに」。
言うまでもなく、「静」の字が旧字体であるところが非常に趣深い。
支柱は金属製の角柱であると思いきや、90°の「く」の字型。
角柱が多い気がする中で、ちょっと珍しい気がする。
設置年代は昭和25年から約10年間、昭和35年には廃止されているので、全国的にも残っているところはそう多くはないだろう。

みなさま、この年末年始はお「静かに」。

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098.案内標識【釜房湖】

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所在 宮城県柴田郡川崎町
標識コード 105〈著名地点〉
撮影 平成18/2006年7月
位置 38.200398, 140.696562
備考

097.【釜房湖】105 の反対側にある白看。
片方に比べて随分汚い。
この汚れ方は081.【石川県】102/082.【津幡町】101 に似ており、その時にも書いたが、ただ汚いだけで汚れに味がない。
キレイならキレイで違和感があるし、汚れていたら汚れていたで味わいがないと言う。
白看の好みにはうるさいのだ。

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これら2対の白看、ストリートビューを見る限り、現存していそうです。
釜房湖は悠然にしてそこにあるのだし、標識自体にも目立った傷みはない。
撤去する理由はなさそうなので、しばらくは残されることでしょう。

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097.案内標識【釜房湖】

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所在 宮城県柴田郡川崎町
標識コード 105〈著名地点〉
撮影 平成18/2006年7月
位置 38.198992, 140.695938
備考

前回096.【浮田家】105 を見つけた際に、どこかで見た感じの白看だなあ、という感想を持った。
〈著名地点〉という個人的にはいま一つ盛り上がらないタイプ、そして〈著名地点〉にありがちな味わいにやや欠けるところ。
それは何だったかと思い起こせば14年前、宮城県にてこの白看を撮影していたことを思い出した。
14年もの間、もったいぶって掲載していなかったのではなく、個人的にそれほど気に入っていなかったため、掲載を後回しにしていたものだ。

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とはいえ、何度も書いているように、最近では激減している白看には違いない。
後世のためにも掲載しておこう。
096.【浮田家】105 に比べて、より一層味わいに欠ける。
その原因は何かと思うに、フォントの色が薄いのだ。
字体も丸みを帯び、どことなく現代的なところもそう思わせる一因。

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062.案内標識【月の浦】

 

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所在 宮城県石巻市
標識コード 105〈著名地点〉
撮影 平成18/2006年8月
位置 38.381479, 141.430436  

備考 ひっそりこっそり。

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これはよく見つけた!と、自分で言ってしまう。

―霧の深いお盆のある日、僕は牡鹿半島をドライブしていた。
急な眠気に襲われ、どこかクルマを停められるところを探しながら走っていると、ちょうどよさそうな休憩所のようなスペースへ入る横道を見つけた。
ちょっと一息つこうと、僕は迷うことなくそこへ入る。
その先は意外と広く整備された休憩所だった。
そこには人影はなく、ただ霧に濡れたグレーの地面が広がっているだけ。
しかし僕は、不思議な気配を感じた。
…何かにじっと見られているような、視線。
僕は思い切ってそちらを振り向く。

ぎゃあ!

―なんて、ちょいとフィクション入れちゃったけど、実際そんな感じの遭遇だった。
この白看に関しては、普通に県道を走っていたのでは絶対に目に入らない。
もしあの時、眠くなかったら…。
もしあの時、あの場所の前後で休憩をとっていたら…。
…お盆に起こった不思議な出来事。
写真がわずかにブレていることからも僕の動揺ぶりが窺える。

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横道に入った後でも、近くまで行かないと木の陰になって全く目立たない。
横道&木の陰、二重に目立たない超消極的白看。

ところでこの「月の浦」という地名、なんだか随分ロマンティックだ。
支倉常長一行が伊達政宗の命を受け、ここからローマに旅立ったそうだ。
それは今から395年前のこと。エピソードまでロマン溢れる。
全く目立たない白看だけど、まさに歴史的「著名地点」ではないか。
いずれブレていないしっかりした写真を撮り直したい。

ほら…、ふと窓の外に目をやると、そこには…。

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050.案内標識【指浜】

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所在 宮城県牡鹿郡女川町
標識コード 105〈著名地点〉
撮影 平成18/2006年7月
位置 38.470672, 141.481549

備考 現存せず

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クルマで走行中、錆び錆びの古い支柱が見えた。
視線を落としてゆくと…。
一瞬違う標識かと思ったが、〈著名地点〉の白看。
白看は支柱から外れて落ちてしまえば、撤去されるかそこらに放置されることが多いようだが、これはしっかり紐で括り付けてある。
写真を撮ろうと思ってウロウロしていると、塀の向こうでオジサンがじっと見ている。
ちょっと怖そう…。
「あ、この看板撮らせてもらってますー」といつもの会釈+さっと撮影作戦。
別に後ろめたいことをしているわけではないのだが、特にこの白看は塀のお家との一体感が強く感じられ、ひょっとして紐で括ったのもこのオジサンなんじゃないのか!?というほど私物っぽい感じがした。

この地味ながらも味ありすぎの白看、〈著名地点〉とは言っても、指浜って著名なのですかね?

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